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1997 9
マンスリーレポート
入院用ベッド、オープン
 現在、診療はフル稼働状態にあり、すでに入院用の十ベッドがオープンしています。

 ジャーナリストの方々は、よくこの病院で「多くの命が救われている」というような表現をします。もちろん、我々の病院が現在多くの生命を救済しているというのは、事実です。特に、最近の入院患者の多くは、命が危険な状態でした。彼らのほとんどは、最初に他の病院で処置されていたのですが、当病院での専門的かつ献身的な手当てが施されていなければ、死亡していた患者も少なくありませんでした。
しかし当病院の最大の特長は、貧しさのために他の病院で診療拒否された患者たちを全面的に受け入れていること。そして、他の施設では受けられないような適切かつ必要な処置を惜しみなく施していることだといえるでしょう。こうした事実に視点をあてるべきであると思います。

 総合的な医療・看護教育プログラムの整備が急務となっています。このため、現在、ウィークデーには毎日午後に時間をとって、教育的講義、ケーススタデイ、個別指導、臨床研究、そして語学授業などを行っています。

 9月末には、病院初の客員講師をお迎えする栄誉に恵まれました。亀田総合病院の神経科の専門医である、西野洋医師です。千葉県の鴨川にあるこの病院は、世界中で最も近代的な病院の一つだといわれています。西野医師は、まる一週間にわたって、ベッドサイドで、救急室で、そして会議室で、講義を続けてくれました。当病院に来てくれた最初の専門医として、彼はカンボジア人医師たちに、スタンダードな医療水準を身をもって示してくれました。これは、彼らにとって、かけがえのないすばらしい示唆になったに違いありません。亀田総合病院は、これまでも様々な形で我々を支援してくれており、今後相互の協力関係を強めていければと期待しています。

 9月に、アイアン&ルース・トウーテイル夫妻が、スタッフに加わりました。アイアンは、病院の経理として、そしてルースは一般外科医です。この夫妻は、シアヌーク病院で我々に加勢してくれるために、英国でのどれほど輝かしい未来を捨ててきたことでしょうか。2人の才能は、すでにすばらしく活かされ始めています。

 病院への寄付は、引き続き寄せられています。ウォルター・コトコウスキー氏の献身的努力の結果、米国の医療機器を分配するNGO や会社との信頼関係が著しく強化されました。機器のほとんどはすでに手配ずみであり、無料または大幅に値引きされた供給品を、大量に入手することができるようになっています。

 ただ一つ、とても悲しい出来事がありました。ロサンゼルス出身のカルロス・ルイス氏が、バイク事故で亡くなったのです。カルロスは、7月のクーデターがあったときに我々を励ましてくれたのが、最初の出会いでした。そして、自分の会社の上司たちにかけあって、我々が必要としていた機器の部品を寄付してくれるよう、尽力してくれたのです。我々は、彼を偲んで、術後回復室に彼の名前を命名しました。

 他の病院で貧しい患者たちに対して看護および心理学的支援をしてきた我々のボランティアグループ(病院スタッフおよびその友人たち)が、いまや大きく成長し、ボランティアの法人として認可されました。この種の法人ができたのは、プノンペン市でも初めてのことです。ギリアン・ホール医師とソング・ガク医師は、いくつかの病院でHIV や他の慢性病を患っている患者たちの支援活動を組織しており、いくつかの症例において家庭治療を施し、また病院でも患者教育にあたっています。

 私たちは、国連からこのグループの活動拡張および支援の承認を受けられると信じています。これが実現すれば、同様のグループが発展していくモデルになれるでしょう。

患者の物語
サリーさん
 サリーは、プノンペン市から少し離れた村で、父親とともに漁師として働いている16歳の少年でした。
  イスラム教の少数部落出身の家族は、たいへん貧しい生活をしていました。高熱を出して、痙攣をおこしたのですが、村の診療所では対応しきれなかったので、両親が彼をプノンペン市まで連れてきたのです。彼は病院に着くまで、24時間痙攣しつづけていたそうです。脳性マラリアの疑いがあり、直ちに血液検査を行い、抗痙攣剤、酸素、IV液、マラリア抗体を投与しました。カンボジアのマラリアは、従来の治療方法には耐性が非常に強く、効果が薄いのです。
  そのため、私たちはカンボジアで認可されたばかりの新規治療を施したのです。それは、中国の漢方療法の一種です。病院スタッフは、夜通し彼の側につきっきりで看病しました。
 この結果、徐々に病状は快方に向かいはじめ、1日もたたないうちに意識を取り戻しました。
そして、5日後にはすっかり完治し、1人で歩いて退院できたのです。
スタッフの横顔
ペン・ボウンさん
 ボウンは、病院のある医師の叔父で、警備員およびドライバーとして働いています。彼を雇ったのは、若い保安チームに成熟した落ちつきを持たせるためでした。最初は、彼の世代であれば誰もがそうであるように、他のメンバーと距離をおき、またボス風を吹かせていました。
  しかし、病院のムードにまもなくとけこみ、今では診療待ちの外来患者の群衆を温かく、かつ威厳をもって切り回してくれています。彼は時間には極めて几帳面で、我々に人手が足りないときや緊急事態が発生して多忙なときなどに、大変頼りになっています。眼鏡をかけ、メモを手にした静かな彼の表情は、診療を待つ群衆の中でもとても目立っています。
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